思えばこの頃が「伝えること」と「伝わる」こと、「伝えようとすること」について考え始めたタイミングで、伝える手段としての広告には今も夢中です。

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見方しだいたのだけれども、ぼんやりと転職を考えて半年ほどが経ち、行く末が決まる前はひどく落ち込んでいました。   落ち込んでいられる事は現実をしっかり見ている証拠であり100%悲観することではなくて、おかげで自分の中で今やるべきこと、やるべきでないことが明確に見えてきました。   遡ること3年、農業の世界に入り、素晴らしい生産者や同業者の方と出会い続けてきました。途中失敗したりすることもありましたが、農業を軸に毎日を過ごすことで「豊かさ」ってなんだろうという長年の疑問に対する答えや、身を置く環境での数字の出し方などが見えてきた気がします。   ところが、ちょっとぬくぬく過ごしすぎていました。   これがやりたい、あれがやりたい。どういうやり方でやろうか。   頭ばかりはどんどん進んでいくのですが、それでちゃんと飯を食っていく(嫁と子供を食わせていく)には早く動いてしまわなければならないのに、リスクと取ろうとせずにミニマムに進めすぎる自分がいました。 周りの方からアドバイスをいただいたり独立を持ちかけていただいたり、他にも様々な機会を提供してくださっていたのですが、そういったご厚意にもリスクが頭をよぎってしまう毎日でした。   しかし、何のためにこの業界にいるのか、20代の3年間という貴重な時間を費やしてきたのかということを思い返すと、そこで受けてきた刺激、伝えねばならないと思った食と農に関する文化そういったものを小さくではなく「でっかく伝えるための努力をしろよ」という言葉が頭の中に巡ってきました。   弱気だから、独立のリスクがとれない。もっと言えば弱気だから周りの人に自分の今後の相談もできない。時間だけはどんどん過ぎていく。   そんな状況が続く自分に活をいれて考えた結果、やっと覚悟が決まりました。   一度、農業界を離れます。   身をもって感じた、良くも悪くもある現在の食と農の文化。安心と安全、衰退と成長、矛盾と疑問。 そういった色々を、経験は足りないけれども皆に伝えたい。   やりたいことの一つではあったのですが、これが僕の中で今、潜在的な部分も含めて一番皆様の需要に応えられるものだと思い、それらを日本に普及すること、普及する手段と技術とを身につけることに僕の20代の残り数年間をかけよう、と決めました。   自分の中で決めてしまってからは早いもので、早速のご縁から瞬く間に行く末が決まり今に至ります。     現状に甘えて守りに走ろうと弱気でしたが、もうやることが決まった以上動き回りまくろうと思いますので、麻生に会った際には話をぜひ聞いてやってください。